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モリモリニュース ~那覇市役所最終便~

眠れる法律を起してくれないか!知識と度量ある判断と実践行動!

2016.03.31

 久しぶりに、恩師を囲み旧交を温めた。那覇市の都市計画業務に係る先達である。集ったメンバーは・・・といえば、末席からは親子ほどの年代に当たる先輩後輩であるが、職務上のつながりで、オヤジともいえず、当時の役職「部長」が未だにしっくりとする。
 出会いの一言は印象的だった。「那覇のまちをどうとらえ考えているかね。」面接官からの問いである。当時、勝連方面出の田舎者、那覇のことを全く知らず、考えたこともなかったので、即座にその旨を告げ、亜熱帯の気候風土の建築や集落、土や緑など、知りうる限りのウンチクを述べたように覚えている。

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 学生時代に建築学科の意匠コースを専攻し、指導教官が沖縄の集落構成、集落景観を専門としていた。前・後期の休暇には、国頭の奥・安波、名護の楚洲・嘉陽、沖縄市の登川・宮里・諸見里、宮古島の友利・狩俣・久貝・松原、石垣島の平得・真栄里、竹富島、波照間島の集落調査を楽しんだ。
 沖縄の集落景観を学び、研究していたことで、歴史・風土や街並み・景観などの景観形成、当時の先進業務、時代の流れに先行していたことが幸いした。

 面接の締めに、「那覇を知れば、様々に活かす手立てはつくれる自信がある。」旨を述べた。結果、採用となった。後日、面接官が幹部上司の部長で、しかも、大学で講義するほどの都市計画の先生だったことを知り、偉そうなことを並べ立てたことを恥じ悔やんだが、後の祭りである。
 最初の指示も印象的だった。「眠れる建築基準法を起してくれ!頼むよ!」
 眠れる?これ以後、眠れなくなり、福岡、横浜、神戸、京都と先進都市の仲間との出会いが生まれた。結果、総合設計制度、建築協定、緑化協定、一団地連担の制度など、いくつかの眠れる制度が活用されるようになって行く。

 師の姿勢は常に前向きで、良いものにしたいという熱意が強く、手前の都市再開発事業のパレットくもじビルを都市景観審議会に諮り、箱形の外観を一変させた。同様に、波之上宮の社務所には屋根瓦がのっかり風景となった。まちへの思い、まちづくりへの情熱があればこそ、都市景観行政が走りだした頃の慌ただしく楽しいひとコマである。

 宴もたけなわ、ヒートアップ。「蔡温橋の傍らには、橋の名称との歴史性をふまえるべきで、賢者の像がよかろう。牧志駅の大シーサーは孤独だ、壺屋でペアにしたほうがよかろう。」など、身近なまちづくりと合わせて、都市モノレールの立案から都市計画決定、米軍用地跡地利用の計画から事業化、都市公園・道路計画など将来を見据えて位置付けた話など、先達のまちづくりへの思いと情熱は現役時代そのまま進行形だった。

 十数年前、首里のホテルでの披露宴、師と予期せぬ再会をした時のこと、そこには、1997年3月に中国・福建省まで帆船の旅を伴に過ごしたドクター・秀が円卓を囲んでいたことにも驚いたのだが、臨席者に「那覇市での教え子だよ。」と紹介された時には驚きと照れが同時におそってきた。私事、公私とも、仕事への姿勢に誤りはなかったのだろうと、安堵し気を引き締めたものだ。

 先達の知識と度量、行動し実践する姿勢には、励まされ、参考とし、判断の裏打ちとした。未だ、真似のできないのも、いや、目指すべきは、知識と度量のある判断と実践行動であろう。
 昨今の行政レポートは魅力と迫力がない。実践する意思の無さなのだろうか。
 「人とのわずらわしいつきあいがまちづくり」だと学んだ。それを教えてくれたのは、志あるわずらわしい仲間たちであった。「まちづくりはゆっくりですよぉ!」と諭してくれたのも、激しい志を持つ仲間たちであった、なぁ~。

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